||   I You we / ぼく、きみ、ぼくら   ||



   きみはやらなければいけない、とぼくは言い、いやよ、ときみは言った。  ぼくらは話し合い、ぼくが力になるからと、ふたりは結論を出しあった。
   きみは間違っている、とぼくは言った。 間違ってないわ、ときみは言った。  ぼくらは互いの手を取りあい、どちらが正しいかなんて、もうどうでもよくなった。
   ぼくは泣きだした。 きみも泣きだした。 ぼくらは抱きあい、ふたりのあいだに平和の花が芽生えた。
   「ぼくら」 という言葉の持つ不思議な力が、ぼくは大好きだ!  この力はいったいどこから生まれてくるのだろう?稀薄な空気からだろうか? 考えてるうちに、ぼくはあることに気がついた。 「ぼくら」 はきっと、愛の申し子なのだと。  ぼくがきみに手を差しのべなければ、 「ぼくら」 は存在しないのだから。  それは、優しさの翼を広げて飛んでくる。 それは、お互いの無言の理解を通じて語りかけてくる。  ぼくが自分を笑うと、それは微笑する。 ぼくがきみを許すと、それは歓喜の踊りを踊る。
   だから、 「ぼくら」 はもう、選択の余地はない。 きみとぼくが手を取りあって、成長してゆきたいのなら。  「ぼくら」 はふたりをひとつにし、強くしてくれる。  きみとぼくが重荷にあえぎ、投げ出そうとするとき、 「ぼくら」 はその荷物を持ってくれる。  きみもぼくもとっくにあきらめてしまうことを、 「ぼくら」 はけっしてあきらめさせてくれない。 「ぼくら」 は実に賢明だ。 「心のなかをのぞいてごらん」 とそれは言う。「何が見える? きみとぼくじゃない、 『ぼくら』 が見えるはずさ」